


脳機能の解明を目指して
(株)ATR視聴覚機構研究所 代表取締役社長 淀川 英司
「人にやさしいヒューマンインタフェース技術」の必要性がますます高まっている。ヒューマンインタフェースの理想的なひとつの姿は、人と人とが対面して行っているコミュニケーションと同様のコミュニケーションが人と機械との間でもできることであろう。そのためには、機械にも見たり聞いたりしたことが理解できる視聴覚機能を持たせることが必要となる。これはいわゆる「パターン認識」とよばれている問題であり、従来から多彩な研究が行われ、着実に進展しているものの質的な面では依然として壁に突き当たったままである。この壁に突破口を開くことが私どもの研究の目標と一つである。
さて、そこでパターン認識問題に対し、ATRではどのような方針で研究を進めているかについて述べてみたい。まず、(1)「人間の視聴覚機構に学ぶ」ことを基本においている。飛行機を作るのに何も鳥に学ぶ必要はないという議論がある。「飛ぶこと」の原理の解明では流体力学が本質的役割を果たし、鳥から学んだことは少なかったかもしれない。しかし、パターン認識のための「知能情報処理」の原理を解明しようとするとき、「流体力学」に相当するものが確立されていない現在では、どうしても人間の視聴覚機構に学ぶ必要があると思われる。(2)「脳活動の無侵襲測定技術の利用・開発」を積極的に行っている。これは人間の脳機能に学ぶための新しい手段を得るためのものである。現在でも、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(PET)やマグネティック・レゾナンス・イメージング(MRI)などの脳内状態を画像化する新技術が開発され実用に供されている。また、脳波および脳磁界の測定、光を用いるものなどもある。さらに、眼球運動の測定技術も脳活動を計測するための有効な手段である。これらをうまく組み合わせて用いることにより、一層効果をあげるよう努めている。(3)「最新のコンピュータ関連技術の駆使」により新知見の獲得を図っている。たとえば、最近の超並列コンピュータを用いることにより、従来扱うことが出来なかったような複雑なモデルのシミュレーションを比較的短時間で実行し、効果をあげている。また、コンピュータによる図形・画像・音声の生成技術を駆使して、従来技術では出来なかった心理・生理実験を行っている。(4)「トランスディシプリナリー(transdisciplinary)な研究によるアプローチ」を目指している。脳機能の解明という課題は、本来多くの専門分野にまたがるもので、従来から、学際的(インタディシプリナリー、interdisciplinary)研究の重要性が指摘されている。しかし、最近、この学際的という用語では不十分で、意味的にはむしろトランスディシプリナリー(学融的、学超的、学越的、超分野的、?)な研究と言うべきではないかとの指摘がある。私も同感である。このほうが「いろいろな関連分野の人が共通の問題意識を持ち、それぞれの専門分野を乗り越えて互いに他の専門分野に興味をもって入り込んで協同して研究を進めていく」という境界領域研究の望ましいあり方を、より適切に表現していると思われる。このようなアプローチで本質的に重要なことは「各研究者は専門分野で優秀であると同時に隣接分野についても正しく理解できる程度の十分な知識を持っていなければならない」ということである。
以上述べたことについては目下鋭意努力中であり、現在まだ満足のいく状態にあるわけではない。今後も地道な努力が必要である。トランスディシプリナリーな研究を通して、パターン認識の壁にぜひ突破口を開きたいものである。