研究を・倍楽しむ方法


ATR通信システム研究所 代表取締役社長 山下 紘一



 コンピュータビジョンの指導的研究者として著名な、D.H.バラード教授(米、ロチェスタ大学)が、この6月から8月にかけての2ヵ月間、当研究所に滞在した。「スケジュールがハードで困りますねェ」と日本語でこぼしながらも、10回近い連続講義、若手研究者との連日の定例ディスカッション、国内の一線の研究者を招いてのワークショップ、そして日本の主要研究機関の訪問、と精力的に日程をこなし、「たいへん、すばらしい滞在でした」と満足して帰途についた。広く深い学識と研究に対する真摯な態度、そして誠実で人なつっこい魅力的な人柄には、研究所員一同多いに啓発されるところがあり、教授の滞在は当研究所にとって大変刺激的で有意義であった。
 連続講義を終えるに当たり、「技術・学術面での十分なベースの他に、研究者として心得ておくべきこと」として、幾つかの事項の指摘があった。教授の経験と人となりに根ざした具体例が大変面白かったのであるが、そのための紙幅はない。表層的にはなるが、この場を借りてその一端を紹介し、特に、若手研究者諸君の参考に供したい。

(1)自分の強み弱みを知れ:何から何まで自分でできるものではなく、また人には向き不向きというものがある。自分の強み弱みをわきまえ、自分に向いた研究方法を選ぶこと。
(2)瑣事に流されるな:細目にばかり気が行き、本来の重要問題は放置されたまま、とはよくあることである。重要性の順序を常に念頭に置き、いつまでたっても重要問題に時間が回らないということにならないよう、日頃の時間の組立てに留意すべきである。
(3)人が鍵である:1分野に限っても、重要な研究結果をすべて知ろうとするのは無理である。しかし、分野の鍵となる研究者は多くはない。それらの研究者だけを注意すればよい。
(4)新しいことに目を向けよ:世の中は早いサイクルで進展しており、一つの専門に執着していては時代に遅れる。学会大会等でも、専門分野セッションの発表内容は日頃聞き及んでいることが殆どのはずであり、非専門のセッションに出席する方が収穫が大きい。
(5)仲間内に不用意に敵を作るな:研究上の競争が激しいと、つい競争相手をけなしてしまうことになりがちである。競争相手は、末長く情報交換をおこなうべき仲間である。誤りを指摘する場合でも、相手を傷つけない丁寧な物言いができるよう、修練が必要である。
(6)失敗を恐れず、そして研究のプロセスを楽しめ:野心的な研究や根本的な研究であればあるほど、成果はなかなか具体的に見えて来ないことになる。具体的な成果を得ることに汲々とするのではなく、困難な対象に挑戦するプロセスを楽しむ心構えが大切である。

 このような心得の中にも、日米の文化の違いがほの見えるのは興味深い。研究(のプロセス)をますます楽しめるようになりたいものである。