TR-O-0121 :1996. 3.15

三浦龍

車載ディジタルビームフォーミングアンテナ による衛星電波の追尾受信実験

Abstract:将来のより大容量かつ広帯域な移動通信の構築を考える場合、空間分割多元接続を可能とする高利得かつ狭ビームなアンテナが、基地局と移動局の一方または双方に必要となってくると考えられる。陸上移動通信においては、できるだけ移動局をシンプルにする必要があるため、基地局側においてこのようなアンテナが求められる。また移動体衛星通信においても、主に衛星側にそれが求められるが、衛星通信の場合は陸上通信に比較して、20GHz以上などのより高い周波数に移行していく傾向があるため、このような場合には移動局においてもこのような高利得アンテナが必要となってくる。 移動通信において移動体あるいは基地局に高い利得のアンテナを用いる必要がある場合、到来波の空間的な捕捉と追尾が必要になる。そのような場合、移動環境の変動は極めて激しいため、アンテナビームの環境への適応は十分高速かつ安定でなければならない。 アクティブアレーアンテナと組み合わせて、空間的なディジタル信号処理を行うことによりビーム形成を行うディジタルビームフォーミング(DBF)アンテナ[1]-[3]は、これらの要求を満たす有望な技術のひとつである。従来主に軍用にのみ使われていたこの技術は、近年における目覚ましいディジタルデバイス技術の進展により、民生通信用にも適用可能になりつつある。DBFアンテナは、従来のアナログ方式のフェーズドアレー[4][5]と異なりマイクロ波移相器や到来波追尾のための方位センサを必要としない。これらの機能はすべてディジタル信号処理回路で実現されるため、将来ASIC(特定用途向けIC)化により高集積化、小型化並びに低価格化が十分期待できる。 DBFアンテナを用いて到来波を自動的にリアルタイムで追尾するアルゴリズムとして、ATRでは2つの方法を提案している。1つはセルフビームステアリング(Self-Beam Steering: SBS)アレー[6]であり、もう1つはビームスペースCMA[7]である。前者は最大比合成ダイバーシチアレーをDBFで実現したもので、干渉波の除去機能はないが変調方式に依存しない高速かつ安定な到来波の捕捉追尾機能を有している。また後者で用いられているCMA(Constant Modulus Algorithm)はアダプティブアレーの一つであり、干渉波を除去するためのアルゴリズムであるが、所望波の追尾機能も同時に実現するものである。 これらの方法によるDBFアンテナのビーム形成機能を移動環境で実証するため、16素子アレーアンテナとFPGA(Field Programmable Gate Array)を用いたアンテナシステム[8-10]を試作してこれを移動測定車に搭載し、ETS-Vが送信する無変調波を追尾受信する実験を行った。本報告では、その実験概要と実験結果について述べる。実験の結果、方位センサ等を使わず最新のディジタルデバイスを用いた信号処理のみによってビーム形成、到来波の追尾が可能なことが衛星通信環境において実証された。これらのアルゴリズムは、本来変調波に対しても有効に動作し、特にビームスペースCMAの場合は、大きな遅延を持つ変調波の到来方向にヌルを形成してこれを除去する特長がある。しかし、今回の実験では変調波の利用ができなかったため、無変調波に対する追尾特性のみに着目した測定を行った。