TR-O-0063 :1994.3.9

千葉勇

ビームスペースCMAアダプティブアレー

Abstract:自動車電話,携帯電話の需要の増大に応えるために,マイクロセルを用いた陸上移動通信,低周回軌道を用いた移動体衛星通信などが提案されている.こうした移動通信システムが普及されるに伴い,我々の周りには様々な電波が飛び交って,通信における環境は複雑になっていく一方,伝達される情報は音声から画像さらには データという具合に高度化されている.厳しぃ電波環境で高度な情報を通信するに は,必要な信号のみを受信して不要な干渉信号を除去する必要があるが,このよう な信号の取捨選択を自動的に行う「知能を持ったアンテナ」の研究をATR光電波通信研究所で行っている. このアンテナはアダプティブアレーアンテナと呼ばれて,「所望信号の到来方向 にアンテナの主ビームを向けて,干渉波の到来方向に指向性の零点を形成」して信号の取捨選択をするものとして定義される.これは人間の動作にたとえれば,駅のホームや居酒屋で電話をかけるとき,受話器にしっかり耳を押し当てて,かつ反対 の耳を手で塞いで通話をすることに相当する.これは,受話器に耳を押し当てることで所望信号の到来方向の指向性を上げて,反対の耳を塞ぐことで干渉信号の到来方向の指向性を零にしていることになる.もちろん移動通信では居酒屋でかける電話のように,所望信号も干渉信号もその到来方向を特定することができないので, 信号を分離するアルゴリズムおよびそれを実現するハードウェアに工夫が必要となる. アダプティブアレーの中で文献(1)〜(4)等で報告されているCMA(Constant Modulus Algorithm)アダプティブアレーは,所望波と相関のある不要波(遅延波)の除去に有効であり,移動体通信に用いられるアダプティブアンテナの指導原理として着目されている.しかし,CMAアダプティブアレーでは最適ウェイトは陽な形で表すことができず何らかのフィードバックループを必要とする.したがって,素子アンテナ(以下,素子)の個数が多い場合,素子毎の出力にフィードバックループを設ける方式で はハードウェア規模,演算時問が多大となる.また,移動体衛星通信等では個々の素子で受信する信号のSN比が低いため,収束特性が雑音の影響を受け易いという課題もある. 一方,ディジタル信号処理技術を用いてアンテナのビーム制御を行うディジタルビームフォーミング(Digital Beam Forming, 以下DBF)アンテナが移動体衛星通信用としても検討されている.DBFアンテナでは,ビーム合成をディジタル信号領域で 行うのでFFTあるいはDFTによって容易にマルチビームが形成できる.したがって 所望波を捕捉する機能はこのマルチビームを用いる事により短時間に効率良く行うと ができる.マルチビームを用いる場合に,複数の信号波が到来している電波環境で は,各到来波の方向に主ビームのあるビーム出力が大きくなる.従って,マルチビームシステムにおいて出力の大きいビームを選択してアダプティブ処理を行うことにより,到来波の個数に対応した自由度で効率良く,干渉波の影響が除去できる.このことを,利用して鷹尾らは,所望波の到来方向が既知であるという条件のもとで,指導原理として方向拘束付出力電力最小化法を用いたビームスペースアダプティプアレーの提案を行っている.しかし通信では,一般に信号波の到来方向は未知であり,かつ所望波と相関のある干渉波の除去を行う必要があるため方向拘束付出力電プフ最小化法は適用できない.このことから,移動体通信においては所望波の到来方向の情報を前提条件とせずに干渉波の除去が可能なビームスペースアダプティプアレーの検討が必要であった. ATRでは,ビームスペースアダプティプアレーを移動通信に適用する方式として,指導原理にCMAを採用したビームスペースCMAアダプティブアレー(Beam Soace CMA Adaptive Array:以下,BSCMA)を提案する.BSCMAでは,DBFを用いることを想定し,FFTあるいはDFTで形成されたマルチビームの中で,出力の大きいものを選択 して,選択されたビーム出力のみについてCMAアダプテイブ処理を行う.これによって,到来波の個数に対応した素子数以下の自由度でアダプテイプ処理が行える.また,SN比の高い出力信号でフィードバックループ系を構成するので,内部雑音の影響を軽減することができる.また,BSCMAのCMAループを複数個設け,それぞれの処理の初期値を調整することによって,ビーム間アイソレーションを高く取って複数個の所望波を同時に受信するマルチビーム通信系が構築できる.この通信系は同一周波数で実現できるので通信周波数が有効に利用できる. 本レポートでは,BSCMAの構成を示すとともに,数値シミュレーションによって得た特性を報告する.さらに,上記のBSCMAを使用するマルチビーム通信系の基本概念を示す.