TR-O-0022 :1990.2.28

辻誠滋

SIMSによる化合物半導体中の不純物分析

Abstract:ATR光電波通信研究所通信デバイス研究室へのSIMS(SECONDARY ION MASS SPECTROSCOPY:2次イオン質量分析装置)の導入は、GaAsエピタキシャル層中に故意にドーピングされたSi原子の濃度測定の必要性から生じた。 高濃度にSiドープされたGaAsの物性研究は、高速応答性のある並列処理可能な光デバイス実用化への道を切り開くと考えられている。GaAs中にドーピングされたSiは、活性化してキャリアを発生させるが、Si濃度が高くなるにつれてある濃度値で不活性化が生じてドーピングされたSiがすべてキャリアを発生するとは限らなくなる。そこで不純物(eg.Si)高濃度ドーピングを実現する目的で、Si濃度とキャリア濃度の両濃度値を定量測定して、不純物不活性化機構を研究する必要がでてくる。それゆえ、SIMSはGaAs中に故意にドーピングされた不純物Siの濃度の定量測定用として本研究室に導入された。 SIMSの特徴および原理はWerner(1977,1978)の論文で詳細に論じられているが、要約すると以下の通りである。 SIMSはその特徴として1022cm-3台から1013cm-3台までの広い範囲にわたった元素の(ダイナミックレンジが高い)濃度測定ができる。更に1次イオンでスパッタリングによってターゲットを掘っていくので特定の元素の表面から内部への空間分布を測定することができる。ターゲット中に含まれる元素は質量数が1から280までの単原子または分子の形で検出する能力を持っているのもSIMSの特徴の1つである。 SIMSの原理というのは一言で言えば以下のようなものである。あるエネルギーを持った1次イオン(eg.02+,Ar+,またはCs+)が固体表面に入射すると1次イオンは固体結晶を構成している原子と二体衝突を起こしその二体衝突が周囲の原子に波及して次々と衝突が生じる。この二体衝突の連鎖反応をバイナリコリジョンカスケード現象と呼んでいる。このカスケード現象の中で入射1次イオンエネルギーはカスケード現象を起こしている原子に吸収され1次イオンはエネルギーを失っていく。このカスケード中に固体表面結合エネルギーを越えたエネルギーを持った原子の中で固体表面から真空中に飛び出てくる原子がある。これをスパッタリング現象と呼ぶ。スパッタされた原子の中には正または負にイオン化されている原子がある。これらイオンが2次イオンと呼ばれている。2次イオンを収束して質量分析にかけて固体表面に存在する元素の検出・定量化を行うのがSIMSである。SIMSに採用されている質量分析方法には3つのタイプが現在ある。1つは二重収束質量分析法と呼ばれ2次イオン光学系を使用して静電レンズと磁界により2次イオンを2点で収束して歪を除去する結果高い質量分解を得る方法と、四重極質量分析法とそしてTime-of-Flight(ToF)法(Eccles, AJ and Vickerna, JC 1989)である。当研究室に導入されたSIMSはカメカims-4fである。この機種は二重収束型質量分析法を採用していてイオン光学系で結像されたターゲット表面上の2次イオン分布像を0.1 μmオーダの分解能で観察することができる一方、必要であれば10,000の質量分解能を実現できる。1次イオン源はマスフィルターを介してデュオプラズマトロンガンとセシウムマイクロイオンソースの2つがある。デュオプラズマトロンガンからは02+,0-,そしてAr+(場合によっては他の希ガスイオン)の3種類の1次イオンを発生させることができる。セシウムマイクロイオンソースからはCs+の1次イオンを発生できる。また絶縁物をターゲットとする場合に1次イオンによるターゲットの帯電を防止する目的で垂直入射電子線を照射できる機能を備えている。SIMS分析で最近の動向を化合物半導体に限定して追ってみると、サンプル中に存在する炭素と酸素の定量測定(Achtnich,T. Burri, G. Py, MA. 1989, Homma, Y. and lshii, Y. 1985, Kobayashi, J. Nakajima, M. and Ishitani, K. 1988)と検出下限値を下げる試みが行われている。また二元以上の化合物をスバッタリングする場合選択スパッタリングによるスパッタリング率またはスパッタリング収率Y(p.8の定義を参照)の変動が研究されている(Homma, Y. and Ishii. Y. 1985, Wittmaack, K. 1985)。これらの動向を念頭に置きつつ、本研究では以下に述べる報告に記述された分析がなされた。 本テクニカルレポートは、4章から成っている。第1章ではGaAs中のSi不純物濃度の定量測定の方法、とりわけRSF値の求め方を記述してから実際にGaAs中のSi不純物の定量測定例を示す。現在までにGaAs中のSi濃度検出下限が2×1015cm-3まで得られている。またこの系での2次イオン種の組合せで得られたSiのRSF値の変動とGaAsとSiのスパッタリング収率Y値を掲載している。第2章では、MQW(Multi Quantum Well)を分析して、深さ方向の空間分解能が現在までに約50オングストロームまで得られていることと、このMQWに選択的にドービングされたSiの分布測定の分析例を記述している。第3章では、絶縁物の分析例を示す。ターゲットサンプルヘの垂直入射電子線照射の効果を述べている。第4章ではSIMS分析上有用な3つのコンピュータソフトを紹介している。1つはPALTH.BASと呼ばれて、1次イオンのターゲットサンプルヘの侵入距離を見積る計算プログラムで、本SIMS装置の能力範囲で適用可能なものである。残りの2つは2次イオンスペクトルの同定用に開発したプログラムである。特定の質量数を持ったスペクトルを任意に選んだ元素の組合せから同定しようと試みたものである。以上3つのプログラムについてそれぞれ計算例を示している。最後の「あとがき」には現在残されているSIMS分析での課題に触れている。GaAs中のSi混度の検出下限値を更にもう1桁下げられる可能性があること、深さ方向の空間分解能をさらにあげる必要があること、そしてUNINTENTIONALLYにサンプルに混入している炭素と酸素の定量測定と検出下限を求める必要性に触れている。最後に成果にはならなかった研究二点の概要とATR在籍中に発表した文献の表題と出典を記載している。