TR-M-0051 :2000.3.31

西村竜一,宮里勉

拍手音を用いた共感の念の創出

Abstract:遠隔会議や遠隔操作,あるいはエンターテイメントなどへの応用を目指した,仮想環境や仮想現実感に関する研究は,現在,新たなコミュニケーション形態の実現などへ向けて,今なお盛んに研究が進められている.聴覚的な仮想現実感に関しては,頭部伝達関数を利用した3次元立体音像に関する研究が広く知られている.これらの研究成果の一部は,実際にホームシアターなどで用いられる音響技術などと結び付き,実用化されるに至っている.このような仮想現実感を実現するための各種デバイスの開発や,信号処理技術の急速な発展は,今後も更に加速することが予想される. 一方で,最近になって,これら仮想現実感を創出する道具を用いて提示すべき,コンテンツの量的不足や,質の改善などが問題視されるようになってきた.今後さらに,問題になることが予想されるのは,いつでもどこでも好きなときに好きな(現実と区別が付かない)情報を得ることができるという状況は,個人の選択肢を飛躍的に増大させてくれるものではあるが,逆に,現実社会において社会性の欠如した人間を生みだす危険性をもはらんでいるということである. この問題に対し,現在の実世界では,人は通常多くの他人と同じ「場」を共有しているため,ある場面に直面した時に取るべき行動を他人から学ぶことができる.また,それと同時に,自分がとった行動が直ちに他人からの批評の対象に曝されるため,常に自制心が働く.「ひとのふり見て我ふり直せ」の諺が,端的にこれを物語っていると言えよう.しかし,ユーザーの好みに応じて造成された仮想環境では,人間の長い社会生活の営みの中で自然発生的に生まれた,この教育システムというものが提供されない.この問題を解決するひとつの方法として,社会性を何らかの形で仮想環境の中にも含有した仮想空間の実現が必要であると考えられる. 我々人間が,最も日常的に使用する社会的コミュニケーション手段は,ことばである.しかし,ことばは,1対1でのコミュニケーション,あるいは,ひとりから多数に対するコミュニケーションにおいて,発話者ひとりの考えや雰囲気を他者へ伝達するものである.したがって,ことばというコミュニケーション手段によって「場」の雰囲気を生成するためには,ある程度の時間をかけて会話をしなければならない.これとは逆に,大勢の意見をひとりに短時間のうちに伝えるために我々が日常的に用いる聴覚的コミュニケーション手段は拍手である.そこで,本研究では,聴覚刺激による身近な社会的コミュニケーション手段である拍手に着目する.人は,大勢の拍手音から,その空間の広がりや「場」の雰囲気を感じ取ることができる.したがって,本研究の立場は,実際に起こり得る自然の拍手音と区別が付かない拍手音を自在に合成して提示することができれば,仮想環境における「場」の雰囲気の制御の助けになるのではないかというものである.例えば,定評のある外国の有名な音楽ホールを仮想環境で再現し,3次元立体音像技術を駆使して音響的にも臨場感を高めることができたとする.演奏が終わり,ユーザーが思わず拍手をしたとしても,周囲から沸き起こる予め録音されていた拍手とタイミングが異なっていたり,拍手の仕方が違っているのでは,その場から自分が遊離した感覚を受けてしまい,没入感を著しく低下させてしまう恐れがある.しかし,もし,自分が拍手を始めた時に,それに続いて周囲から同様の拍手が沸き起きるのなら,周囲の他の聴衆との間に一体感が生まれ,没入感を増大させることができるものと期待される.また,ユーザーの仮想環境内での行動や判断が正しいのかどうかを,適当な場面でユーザーに非言語的手段を用いてフィードバックすることもできることになる.