TR-H-0304 :2001.2.1

宇和伸明,金子寛彦

奥行き運動観察時における重心動揺

Abstract:人間の姿勢制御は前庭系,視覚系,体勢感覚系からの情報をもとに行われているが,視覚系が大きな役割を果たしていることは広く知られている.視覚情報の姿勢制御における有効性は,直立姿勢をとった場合,閉眼時には開眼時に比べて身体の動揺が増加するというEdwardsの報告に示されている.視覚による姿勢制御において,視野の大きさが重要なファクタと考えられる.Paulusらは,静止物を観察しているときに視野を制限すると,制限のない場合よりも直立姿勢時の身体の動揺が増加する,また,両眼視よりも単眼視の方が動揺が増加すると報告している.しかし,この後者の報告において両眼視が単眼視よりも姿勢制御に有効であるのは両眼性の視覚情報のためであるのか,それとも単に視野が広くなったためであるのかは明らかではない.

運動する対象の観察時には,体もそれにつれて動くことが報告されている.対象が右に動いた場合,体は右に動き,対象が左に動けば左に動く.手前に別の物体を置いて,右に動く背景となる対象を固視した場合,体は左に動く.前者の場合,観察者は体が左に動いたと判断,後者の場合,背景が右に動けば手前の物体が左に動くように見え,その結果,体は右に動いたと判断するためであると考えられる.また,先のEdwardsの報告では,直立姿勢の被験者に対して左右に振った大きな振り子を呈示した場合,左右方向に動揺が増加したことも示されている.これらは視覚情報とその他の情報が矛盾した場合でも視覚情報が強い影響力を持つことを示している.

両眼視の効果については,両眼立体映像を呈示した研究として,両眼視差による奥行き情報は左右方向の重心動揺に影響を与えるという尾島らの報告や,広視野立体画像を用いた清水らの報告がある.しかし,これらの研究において立体であることの最大の特徴であると思われる,前後に動く映像と前後方向の姿勢制御の関係について報告されたものはない.

そこで,前後に動く奥行き運動を広視野立体映像として観察したときの,前後方向の重心動揺と奥行き知覚特性を測定した.このとき,姿勢制御のための情報として両眼視差のような両眼性の情報も用いていると考えられる.しかし,現実に前後に運動する物体を見た場合,奥行き知覚手がかりとして両眼性の情報だけでなく,近くにあるものは大きく見え,遠くにあるものは小さく見えるというような視角の変化もある.

Erkelensらの報告によると,運動する視覚刺激のほかにリファレンスとなる映像がない場合に,視差変化のみの画像を呈示すると,その奥行き変化は知覚できない.ここで視差変化が姿勢制御に及ぼす影響として,次のふたつの可能性が考えられる.ひとつ目は視差変化は奥行き知覚に関与しないのと同様に姿勢制御にも関与しない.ふたつ目は視差変化は奥行き知覚には影響しないが,姿勢制御には影響する.もしふたつ目の仮定が正しいならば,奥行き知覚と姿勢制御は脳の中の異なったシステムにより実現されている可能性が高い.実験の結果より,視差変化は奥行き知覚にはほとんど影響しないが姿勢制御に強い影響を与えることが示された.