TR-H-0289 :2000.3.30

駒木亮,山田玲子,田嶋圭一, Youngon Choi

第二言語音知覚に及ぼす母語の音韻カテゴリーの影響 -知覚的同化モデルを用いた言語間比較研究-

Abstract:PAMの実験的検討は,第一言語として英語(特に米語)を取り上げている研究が多い(例えば,Best et al.,1990[2], Best et al.,1996[4]).そこで本研究では,第二言語音知覚に及ぼす母語の影響を実験的に検討するため,数多くの研究がなされてきた日本語話者による米語/r/-/l/音知覚を題材に用い,PAMに沿った検討を試みた.特に,/r/-/l/音の語中での出現位置別に,同化パターンの測定とPAMカテゴリーヘの分類を行うことにより,語中位置によって聴きとりの難しさが異なるという現象を母語音への知覚的同化の観点から解釈することを目的とした.

また,日本語話者に見られる傾向が,他の非米語話者にも見られるものではなく,日本語の影響によるものであることを特定するために,日本語以外の非米語話者との言語間比較を行った.比較対象には,日本語話者と同様に米語/r/-/l/対立の知覚に困難を伴う韓国語話者を用いた.日本語話者および韓国語話者にとって,米語/r/-/l/対立の知覚が困難であることの最大の理由は,この2つの言語に流音が1つしかない (Borden, et al., 1983[6], Shimizu & Dantsuji, 1987[19], Ingram &Park, 1998[11])ため,米語の2つの音に対して母語の1つのラベルを割り当ててしまうことであると考えられる.しかし,米語/r/,/l/音はともに音韻環境によってさまざまな異音を持っており,それに加えて日本語や韓国語にも流音の音声学的変容が豊富に見られ,母語内での出現位置もそれぞれ異なる(Gillette, 1980[10], Borden, et al., 1983[6], Jamieson & Yu, 1996[12], Ingram & Park, 1998[11]).したがって,/r/-/l/対立の出現位置や前後の母音の違いによって母語として知覚したときのパターンがどう異なるかを調べ,それぞれのケースをPAMに即して分類し,導かれた弁別困難度の予測と実測値との対応を見るという本研究のアプローチは,PAMの実験的検討としてだけでなく,複雑な言語間音声知覚のしくみを現象面から解明するためにもきわめて重要であると言える.

一方,非米語話者としての日本語話者および韓国語話者と,米語/r/-/l/音をめぐっては,知覚のみならず生成を扱った研究も見られる(Sheldon & Strange,1982[18], Borden et al., 1983[6])が,知覚に関する研究に比べると少ない.そこで本研究では,知覚実験と同様の変数操作を行って,/r/-/l/対立音の語中出現位置や前後の母音の違いによる生成の難しさに関する検討も実施した.言語間音声知覚を扱ったBestのモデル同様,生成においても,第二言語音の習得に及ぼす母語の音韻体系の影響についての説明モデルである,音声言語学習モデル(Speech Learning Model ; SLM)が提唱されており(Flege, 1995[9]),SLMに即した検討も可能であるが,本研究は知覚面を主軸とし,生成に関するデータは付加的な位置づけとした.