TR-H-0129 :1995.2.13

今水寛

視覚運動学習を可能にする中枢神経機構

人間の到達運動から推定する座表系とその表現

Abstract:本論文の目的は,視覚環境を変換した状況において感覚運動学習が成立するとき,それを可能にする中枢神経系の内部表現(内部モデル)がどのようなものであるか—どのレベルに存在し,どのような方法で表現されているか—を調べることにある. 本論文で扱う第一の問題は,視覚運動学習を可能にする内部モデルが,計算論の枠組みにおいてどのレベルに位置付けられるかということである.最近の計算論では外部座標の内部表現と身体座標の内部表現が必要であると考えられている.視覚運動学習は外部座標のレベルで成立しているのであろうか,身体座標のレベルで成立しているのであろうか?第2章では,従来の視覚運動学習において用いられてきたような外部座標において線形,身体座標において非線形な変換を用いて,どちらのレベルで学習が成立するか調べた.第3章では,従来の視覚運動学習では用いられたことがない,身体座標において線形で外部座標において非線形な変換を用いて,どちらのレベルで学習が成立するか調べた.具体的には,肩と肘の関節角がそれぞれ定数倍されるような変換が用いられた.学習効果の両手間転移現象は心理学では古くから知られているが,本論文ではこの現象を計算論的な枠組みのなかで位置付け,学習レベルを調べる際の手段として用いた. 本論文で扱う第二の問題は,視覚運動学習を可能にする内部モデルが,中枢神経系においてどのような方法で表現されているかということである.計算論的に考えれば,キネマティクス変換を表現する方法は大きく分けて2つある.ひとつは,物理パラメータを推定して筋骨格系や外部環境の構造に関する物理モデルを構成する方法である.もうひとつは,そのような構造を一切無視して,入出力関係の対応関係をひとつひとつ学んで行く方法である.一般的に,前者はstructured representation,後者はtabular representationと呼ばれている.第4章では,視覚環境の変換に対応する内部モデルはどちらの方法で構成されているか,あるいはどちらにも分類されない中間的な方法で構成されているかを,学習効果の汎化を調べることによって推定した. 以上のように,本論文では学習の「転移」や「汎化」という,心理学では古くから取り扱われているパラダイムを計算理論の枠組みと結び付け,そこから導き出される理論的な予測を行動実験によって検証した.このようにして得られた結果は,実際の中枢神経機構がどのような構造を持ち,どのような方法で情報を表現しているかを推定するうえで有効な示唆をもたらすであろう.