TR-H-0107 :1994.11.17

西本卓也,正木信夫,本多清志

筋電位に基づく調音運動開始時点の測定 - 発話潜時との比較 -

Abstract:手の運動などにおいて、複雑な運動ほど動作開始の合図から運動開始までの時間が増加することが知られている[1]。これは、運動が複雑になるにしたがい、中枢における運動のプログラミング要する時間が増加するためだと考えられる。 発話過程においても、類似の現象が観測されている。Sternbergらは数字や曜日などの単語を用いて、発話する単語数の反応時間への影響を調べた[2]。その結果、単語数の増加が発話潜時を線形的に増加させた。そこで彼らは発話企画の処理単位はストレス・グループではないかと考えた。 この実験は、発話の反応時間に影響を与える要因を探ることにより、発話のプログラミングに関するユニットを探ることができる可能性を示唆したものとして興味深い。日本語の場合、英語のストレス・グループに相当するものとして、音節や拍が考えられる。これらの単位はストレス・グループと同様、発話の中でほぼ等時的に現れるからである。正木らは、音節数の増加により発話潜時が増加する傾向にあることを示した[3]。ただし、子音の種類やその並び方によって、音節数の影響は異なっていた。特に音節数の影響が強いのは、同じ子音が連続する場合であった[4]。 ところで、これらの先行研究では、発話の準備過程のための処理にかかる時間の「指標」として、発話潜時(発話開始合図の提示から語頭音開始時点までの時間)が用いられてきた。しかし、「語頭音開始時点」にはすでに調音器官は語頭音生成のための運動を開始している。さらに、調音器官の運動開始は筋の収縮により実現されるが、その収縮を引き起こす電気的現象(筋電位)は調音器官の運動に先行して発生する。実際に、発話潜時には、(1)発話開始合図が出た判断して発話準備を開始するまでの時間、(2)発話準備の処理、すなわち、調音運動のプログラミングを行い、調音器官を動かす筋電位が発生されるまでの時間、さらに、(3)筋電位発生時点から語頭音開始時点までの時間、が加算されている。発話の準備過程を対象にする場合、上記の(1)と(3)の時間は取り除きたい部分である。しかしながら、現在の実験手法([3],[4])を用いる限り、(1)を取り除くことは不可能である。しかし、調音器官の筋電位は筋電信号(EMG)により測定することができるため、(3)の時間を取り除くことは可能である。そこで、本実験では、「発話開始合図の提示からEMG発火開始時点までの時間」(以下、「EMG発火潜時」という)を発話の準備過程のための処理にかかる時間の「指標」として用いることができるかどうかを検討することとした。そのために、発話潜時測定時に、語頭音の生成に関与する筋のEMGを同時観測し、EMG発火潜時の抽出アルゴリズムを検討した。さらに、発話潜時とEMG発火潜時の相互の時間関係を調べた。