TR-H-0055 :1994.2.24

松原幸子,須佐見憲史,大塚作一

非漢字圏日本語学習者に対する漢字指導法の検討

— 筆順指導と構造指導 —

Abstract:母国語の表記にアルファベットを用いる非漢字圏日本語学習者、特に初級学習者にとって、 漢字の字形を認知するということは非常に難しい問題である。外国人に対する日本語教育にお いて、漢字の字形指導は、これまで、日本人の小学生と同様に、最初期から筆順指導のみによ って行われてきた。本論では、まず、筆順とともに、偏や旁その他様々な小部分から構成され ている漢字の構造を指導する方法を考え、それを構造指導と名付けた。次に、構造指導、およ び、従来通りの筆順指導が、漢字学習の最初期における漢字の字形認知に及ぼす効果について、漢字再生テストと眼球運動の解析を通して比較検討した。 実験1では、被験者を6人ずつAグループ(構造指導による学習の後、筆順指導で学習)とBグループ(筆順指導による学習の後、構造指導で学習)に分け、指導を行った。各漢字学習後に実施された漢字再生テストの得点からは、両グループ間に有為な差は検出できなかった。しかし、両グループとも構造指導直後の漢字再生テストに限り、漢字の一部分が他の漢字の一部分におきかわって再生される現象がみられた。これは、構造指導により一つの漢字が部分の集まりとして記憶されたことを示すものである。さらに、眼球運動を解析した結果、Bグループの最初の学習直後の注視点分布だけが他と異なる状態を示した。これは、構造に関する知識を伴わずに筆順のみを学習すると漢字の見方が通常と変化することを示唆している。 続いて実験2では、非学習者(漢字学習なし)、中級学習者(日本語能力テスト2級レベル)、および日本人の眼球運動を測定した。この実験結果からは、実験1の被験者の構造指導後の注視点分布は、一ケ所に集中していく傾向にあり、中級学習者の眼球運動に近づくことが確認された。 以上の結果から、非漢字圏初級学習者に対して、漢字学習最初期から構造指導を行なうこと が、漢字の字形認知により効果的であること、また、それによって、中級学習者と同様の漢字 を見る能力が初期の段階から獲得される可能性があることが示唆された。