TR-AC-0057 :2001.3.21

神谷幸宏

種々のアダプティブアンテナに関する研究

Abstract:本稿は,筆者がATR環境適応通信研究所において行ったアダプティブアンテナ技術に関する一 連の研究成果をとりまとめたものであり,以下の4章から成る. 第2章では,”ソフトウェアアンテナ”の概念の一実現として,空間領域相関行列の固有値分解 に基づいて環境の認識を行い,認識した環境に適した信号処理を行うリコンフィギュラブルアダ プティブアレーアンテナの構成を提案する.ソフトウェアアンテナのコンセプトは,近年注目を 集めているソフトウェア無線技術との親和性がよく,将来の無線通信システムのための重要な技 術と位置付けられるが,そのコンセプトを実現する具体的な構成は未だ提案されていなかった. 本章ではまず,対象とする電波環境を定義し,その組み合わせとして電波環境の状態遷移を定義 する.次に,空間領域の相関行列の固有値分解に基づく環境認識の手法を示すと共に,それぞれ の環境において行う信号処理の具体的内容を示す.その後,各々の信号処理の特性を理論検討及 び計算機シミュレーションから検証し,最後に計算量削減の観点から本提案手法の有効性につい てまとめる. 第3章では,アダプティブアレーアンテナヘのサブバンド信号処理の適用のうち,計算量削減 の観点から最も有効となる適用形態に注目し,その計算量削減効果及びその性能の実証を目的と してDSPによるハードウェア実装を行う.この装置のDSPの使用量を示すことにより,計算量削 滅効果をハードウェアの側面から明らかにするとともに,電波暗室内において2波のマルチパス フェージング環境を構成しで性能検証実験を行い,性能及びハードウェア規模削減効果を実証し ている. 第4章では,スペクトル拡散(SS; Spread Spectrum)通信システムのための新しいCMA(Constant Modulus Algorithm)アダプティブアレーアンテナの構成を提案する.これまで,SSシステムヘのア ダプティブアレーアンテナの適用は種々提案されているが,これら従来方式では,アダプティブ アレーアンテナの適応制御を開始するにあたって,受信信号のシンボル同期を確立しておくこと が必要となっていた.このため,受信機の動作の最も初期の状態から,シンボル同期確立を行う までの間はアダプティブアレーアンテナがまったく貢献できないという問題が構造的に存在して おり,深刻なマルチパスフェージング環境などで受信信号のS/Nが十分とれないとき,同期捕捉 が完了できず,マルチパスフェージング対策としてアダプティブアレーアンテナを備えたのにも 関わらず通信が確立できないという事態が生じていた. 本章では,チップ同期情報をも必要とせず,かつ,アダプティブアレーアンテナの構成の内部 でビーム形成,逆拡散及び遅延信号の等化の処理を同時に行う,CMAアルゴリズムに基づくアダ プティブアレーアンテナの構成を提案する.この構成は,完全ブラインド信号処理を実現でき, 逆拡散を行うに当たり拡散符号を知っている必要すらない.本章では,計算機シミュレーション により提案する構成の基本性能を検証する. 第5章では,低価格アダプティブアンテナとして特に端末への応用が期待されるエスパアンテ ナについて,その基本性能の検討行っている.エスパアンテナの適応制御に当たっては,その構 造上,従来のアダプティブアレーアンテナ制御アルゴリズムを使用することができない.このた め,適応制御アルゴリズムの開発が必要になるが,アルゴリズム開発に当たっては評価基準が必 要である.本章では,ランダム探索を用いて所定の環境の下で重み係数探索を行ったときに得ら れるSIR(信号対干渉信号電力比)特性の統計的評価を計算機シミュレーションにより行う.更 に,ランダム探索法を適応制御アルゴリズムとして使用した場合についても検討し,その可能性 を明らかにしている.