TR-AC-0047 :2000.7.3

酒井靖夫

マルチメディア端末における 適応的映像フロー制御方式

Abstract:近年,マルチメディア通信,モバイル通信,パーソナル通信が急速に普及してきている.今後,歩行速度程度の移動環境において384Kbpsの性能要求条件を持つIMT-2000といった広帯域の無線通信網が整備されCIF(Common Intermediate Format)サイズ(360画素X288画素)の映像が,10フレーム/秒で伝送可能になる.すなわち,現在のPHSを利用した移動テレビ電話と比較すると,サイズが大きく動きがなめらかな映像表示が可能なモバイル・マルチメディア通信が可能になってくると考えられる.このような環境で連続メディアを通信するAP(アプリケーションプログラム)が動作する端末では,次のような環境が動的に変わる.

ユーザごとの利用形態:ユーザの映像や音声に対する好みなど

端末性能:メモリ容量,CPU処理速度,電源レベルなど

動作中のAP:APの種類,動作状況,APの数など

ネットワークの種類 :無線LAN,IMT-2000など

通信状態 :伝送帯域,エラーレートなど

そのため,動的に変化する動作環境に即して,システムが自律的にAPの動作状態をユーザにとって望ましいように調整する機能が必要になると考えられる.本論文では,マルチメディア端末としてテレビ会議などの専用のシステムではなく,複数のアプリケーションプログラムが動作する携帯型モバイル・マルチメディア端末を想定している.端末には,連続メディアストリームを扱うマルチメディア通信AP(以降,MM-AP)の他に,ワープロ,表計算ドローイングなどの各種AP(以降,非MM-AP)がリソース(メモリ,CPU時間)が許す限り同時に動作可能な状態にある.映像を受信中に,別の資料を見る必要が発 生したとする.現在のリソース使用状況では,リソースが少なく新たに資料を開くことができない場合, 何らかの方法によりリソースを解放し,資料を開く非MM-APを動作可能にする必要がある. この場合の解決方法として,次の2つのQoS制御方式が考えられる.1つは,送信側との交渉によってリソース使用量の少ない新しいアプリケーションQoS(AP-QoS:映像メディアの場合はフレームレート,画像サイズ,画像品質など,音声メディアの場合はサンプリングレート,圧縮方法など)に変更し,リソースを解放する方式である.これに関する研究として,end-to-endのQoS保証を目的としたQoSアーキテクチャの研究,QoS制御にエージェント技術を導入する研究などがある.もう1つは,受信端末において再生されるストリームに対するユーザの要求に基づきメディア再生品質を変更し,ストリーム処理に使用するリソースの使用量の割当や配分を制御することによって対応する方式である.受信端末側で独自にリソース制御を行うことは,モバイル・マルチキャスト通信においてモバイル端末と通信する基地局がQoSを変更する機能を持たず送信側のAP-QoSを1つの端末のために容易に変更できない場合や,端末が自律的にリソースを解放もしくは獲得することにより変化への応答性を高めたい場合に必須となる技術である.これに関しては,楽観的CPU予約に基づくQoS制御機構,端末上の複数 ストリームの資源管理を実現する「QoSチケット」モデルなどの研究がある.しかし,これらの研究は 再生される連続メディアの品質を評価し,その評価値をQoS制御に用いたものではない. 本論文では,フロー制御を端末において連続メディアを受信し再生するまでのデータ処理の流れと捉え, モバイル・マルチメディア端末において受信映像再生処理時に,適応的に端末のリソース制御を実現する新しいフロー制御方式を提案する.本フロー制御方式では,再生される映像の質とリソース使用量の異なる複数の再生方式の中から現在の状況に最適な再生方式を動的に選択実行する枠組みを提供する. これまで再生品質に関する研究として,再生品質の定義式からユーザが満足する最低限の品質を 保証するQoS仕様を決定する研究などがある.本論文では,再生品質の評価を連続メディア再生時に動的に再生方式を切り換える手がかりとして用いる.再生時に使用されるメモリとCPUの使用量をそれぞれメモリ使用評価値,CPU使用評価値として数値化し,再生される映像の質も再生満足度として数値化する.これらの数値化されたメモリ使用評価値,CPU使用評価値,再生満足度から計算した適応度を比較することによって,現在の状況に最適な再生方式を選択し実行することが可能になる.