ATRのメディア情報科学

ITの最先端研究開発とATRへの期待





奈良先端科学技術大学院大学
情報科学研究科・教授
木戸出 正継


 IT(情報通信技術)研究において、国際的に存在感のあるCOEの位置を確立して来たATRの継続的な研究成果創出とその情報発信活動に大いに期待しています。ATRでの国際的な、また学際的な立場からの研究の推進は、ITの社会貢献への道を広くそして速くしています。今IT研究活動は拡張期から安定期に入ろうとしている中、ATRも大学・国立機関そして民間企業における研究開発との位置付けをより明確にし、分担し、協力し、そして競争していくことが重要です。そのためには、組織としてまとまった研究開発戦略をより明確に打ち出し、その情報発信を強化することが期待されます。単なるユニークな研究者集団の個々の研究活動戦略から脱却し、組織としての目標設定そして推進強化を望みます。具体的には、グループ内での研究開発方向の統一、グループ間の協力による、より大きなシステム目標の設定、そして研究所全体でのプロジェクト活動の強化などを期待します。社会が望むものはITシステムイメージの創造と実現であり、その要素技術個々の姿の実現だけではありません。最先端技術で提供できるシステムイメージ(サービス像)を示し、個々の技術夫々を着実に実現し、入口から出口まで一貫して動くシステムの提供が必要です。特に、メディア技術は一般の人も日常生活の中で使っていくものですから、ATRも自らが研究開発し自らが使い改良し、その後社会に提供していくものです。
 情報メディアの進展は、関連するハードウェアとも並行して進展します。一方向的なソフトウェア(アルゴリズム)の高度化だけでは不十分です。IT両面の技術動向を見極め、先回りをした研究開発方向を設定し、それらを競争原理が働く研究環境で進め、市場に示したいものです。技術の動きの一つに、IT装置の小型化・高速化・大容量化があり、新たなウェアラブル・ユビキタス情報通信環境を構築しています。また、扱える情報は数値・言語情報から感覚情報(5感+α)へ拡がり、マルチメディア・マルチモーダルと多種多様な利用環境となっています。IT社会は、一方向の放送から双方向のインタラクションを含んだ通信(個々対応から多々対応の通信)への移行、身体性を持ったメディア(ロボット)利用、莫大な知識を内蔵しているインターネットメディアの活用、など、予想以上のスピードで動いています。この速さに、あるいはそれ以上の速さで対応できるかが、新たな情報メディアの創造と利用環境の構築を目指す先端研究機関の生き残る条件です。
 効率追求の産業社会での工学から新しい評価基準をもつ知識社会での工学へ脱皮しながら、成果の利用と次なる創造を自らの組織行動の中に埋め込みながら、一般社会・日常生活に展開していきたいものです。具体的には癒し・娯楽・快適などの評価基準を工学的に導入し、一般の日常生活に対応できる新しい形のITスタイルを創造し、生活における意識行動から無意識行動まで全てのIT活動を、常時作動している機器でとらえていくことを念頭に情報メディアの在り方を探りたい。人間の情報機能の拡張と代替の差を明確にとらえ、人間本来の情報機能の発達を妨げず、積極的に支援する観点を忘れないでいきたい。技術の発展は人間に光と影を同時に与えます。人類の明るい発展を目指した技術の進展を、ATRを含んだけいはんな研究者集団で増殖的に大きく進めていきたいものです。
 けいはんな地域は、異種・異端・多種・多能・異文化・多文化を特徴とする研究者集団で構成されていると考えています。大学、国立の研究機関そして民間企業の研究部隊での最先端ITの創造と社会展開が期待され、周辺のビジネス環境(ベンチャー、中小企業連合体、大企業群)が大きく育て、社会・家庭に浸透していく、ポジティブフィードバックのかかるサイクルに入りましょう。地域一体となって、米国シリコンバレーのように、自らの力で新たなメディア技術を生み出し、それを使いこなし、関連するビジネスもお金も回転する社会行動にしましょう。ATRを核に、関連機関の協力体制の構築をしたいものです。