ネットワークの形の研究が開く未来



1.はじめに
 私達は、様々なネットワークの中で暮らしていますが、そのネットワークの形は、ノード(点)をエッジ(辺)でつなげることによって、描くことができます。例えば、友達ネットワークの場合、ノードに対応するのが人で、エッジに対応するのが友人関係です。また、情報通信の場合、ノードに対応するのがルータやコンピュータなどで、エッジに対応するのが各種のケーブルです。
 最近のネットワーク研究では、ネットワークの形を特徴づけるために、三つの量を用いています。そのうちの一つは、平均経路長と呼ばれ、あるノードからそれ以外のノードに行くのに要するエッジ数の平均を表します。もう一つは、クラスター係数と呼ばれ、あるノードとつながっているノードどうしもまたつながっている (三角形を形成している)確率を表します。そして、最後の一つは、次数分布と呼ばれ、ノードが持つエッジ数(次数)の分布を表します。

2.ネットワーク研究の始まり

 ネットワークの研究において最初に考えられたのは、レギュラーネットワークです。これは、図1のように、等しい数のエッジを持ったノードを、規則正しく列べることによって構成されます。このネットワークは、平均経路長が長くクラスター係数が大きい、という特徴を持っています。
 1959年にErdösとRéyiは、図2のようなネットワークを考えました。これは、全くランダムに、ノードをエッジでつなぐことによって構成されます。つまり、ノードどうしをつなぐかどうかを、サイコロを振って決めるのです。これは、ランダムネットワークと呼ばれ、平均経路長が短くクラスター係数が小さい、という特徴を持っています。
 世間は狭い、誰もが一度はそう感じたことがあるのではないでしょうか。では、どれくらい狭いのでしょう。この疑問に対して、社会心理学者のMilgramは、1967年に次のような実験をしました。彼は、ランダムに選び出されたオハマの住人160人に対して、「ファーストネームで呼び合う(親しい)人に手紙を出すことによって、最終的にボストンの株式仲買人に手紙を届けて欲しい」という文面の手紙を出しました。そして、そのうちの42通が実際に届けられ、平均して約6人の手を介して手紙が運ばれたことを明らかにしました。つまり、アメリカ合州国の人々が形成している友達ネットワークの平均経路長は、6という非常に小さい値であり、ランダムネットワークのような特徴を持っているということです。

3.ネットワーク研究の新展開

 私達は日頃から、自分の友達どうしもまた友達である確率が高いこと(クラスター係数が大きいこと)を知っています。また、友達ネットワークに限らず、現実のネットワークでは、クラスター係数が大きいことを肌で感じています。1998年にWattsとStrogatzは、映画俳優ネットワーク、電力網、線虫のニューラルネットワークに対して、平均経路長とクラスター係数の両方を測定しました。そして、これらのネットワークは、平均経路長が短いというランダムネットワークの特徴と、クラスター係数が大きいというレギュラーネットワークの特徴の、双方を合わせ持つことを発見しました。現在では、これら二つの性質を持つものを、スモールワールドネットワークと呼ぶようになっています。また、彼らは、このようなネットワークは、図3のように、レギュラーネットワークのエッジを、適当な確率でつなぎ変えることによって構成できることを示しました。
 WattsとStrogatzの論文が発表されたのと同じ年に、 BarabáiとAlbertは、ノートルダム大学内のWWWでは、各ドキュメントの次数(サイト数)分布が、冪分布にしたがっていることを明らかにし、そのようなネットワークを、スケールフリーネットワークと名付けました。そして、彼らは、ネットワークの成長過程に着目し、ノード数が時間と共に増える要素と、新たなノードは多くのエッジを持つノードにつながりやすい、という二つの要素があれば、スケールフリーネットワークが構成できることを示しました。つまり、多くのエッジを持つノードが出現する原因は、そのノードが持つエッジ数の多さにあるというわけです。
 1998年に発表されたこれらの論文に刺激されて、多くのネットワークに対して実証的研究がなされています。それらは情報通信の分野から、生物、言語の分野に至るまで広範囲に及びます。そして、それらの研究のすべてが、現実のネットワークがスモールワールドネットワークであることを示しています。つまり、多くの研究で好んで用いられてきたレギュラーネットワークやランダムネットワークは、人間が故意に作った物ではない限り、現実には存在しないということです。また、多くのネットワークが、スケールフリーネットワークの側面を合わせ持つことも明らかにされています。

4.富の分布−ネットワーク上のダイナミクス−
 我々は、今まで述べてきたような、現実のネットワークの特徴が、人々の富の分布に与える影響を研究しています。これは、スモールワールドネットワークやスケールフリーネットワークの概念を、世界で初めて経済学に導入した研究です。経済は、人間が行うコミュニケーションの一つであり、どのようなコミュニケーションを行うかは、その人が持つ富に依存しています。
 富は少なくとも、二つの性質を持っています。その一つは、土地や株のように、持っているだけで価値が増加(減少)することです。そしてもう一つは、人々の間で取引されることです。
 我々は、これらの性質をネットワーク上で再現しました。そして、図1のようなレギュラーネットワークでは、人々が多くの人々と協調的に取引する場合、富が平等に配分される社会が実現されること明らかにしました。そして、取引する人の数を減らすにつれて、貧乏人は貧乏人と取引し、金持ちは金持ちと取引するという、ある種の階層社会が出現し、貧富の差が拡大していくことを明らかにしました。しかし、たとえそのような社会であっても、図3のように、エッジをつなぎ変えてスモールワールドネットワークにすることによって、貧乏人が金持ちと取引するチャンスが生まれ、このことによって社会階層は崩壊し、平等な社会へと移っていくことを明らかにしました。
 また、スケールフリーネットワークでは、取引する人数への依存性は、スモールワールドネットワークの場合ほど強くはありませんが、多くのエッジを持つノードの破綻は、ネットワークの分裂を引き起こしてしまいます。

5.おわりに

 本稿で紹介したネットワークの研究は、ここ3年の間で急速に進展しつつあり、今後の大きな発見を予感させます。現在でも、ネットワークの実証的研究や基礎的研究が盛んに行われていますが、今までに得られた知識を、積極的に応用する研究も増えてきています。そのようなものとして、WWWのデザイン、情報検索、アドホックネットワークへの応用が試みられていますが、様々な分野へ応用されていくことは、必然的だと考えられます。
 現在までに、人と人、物と物、人と物のつながりを研究する分野では、各々の要素どうしの関係を、詳しく研究してきたと考えられます。しかし、そのようなつながりが集まって構成されるネットワークの形が、それを構成する要素の行動にどのような影響を与えるのか。また、各々の要素の行動が、ネットワークの形にどのような影響を及ぼすのかを考えることによって、私達の未来が見えてくるのではないでしょうか。



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