きれいな光をパワフルに
−1.06μm波長帯光ファイバ増幅器−



1.はじめに
 伝言遊びというゲームでは最初のオリジナル情報が誤って伝えられるところにおもしろさがあると思います。しかし実際の通信システムでは情報が誤りなく伝えられなければ大変なことになってしまいます。情報を正しく伝えようとする時、情報を乗せた信号が目的地に着くまでに弱まってしまうという問題が様々な原因で起こります。大量の情報を乗せる光ファイバ通信網の建設が内外で進められていますが、光ファイバ内のごくわずかな損失によっても目的地までの距離は制限されてしまうのです。ここで紹介する光ファイバ増幅器とは光がファイバ中を進むうちに数100倍以上にも強度が強められる(増幅される)というマジックファイバです。このマジックの威力は例えば目的地に到着するまでに弱まってしまったパルス信号光を“1”か“0”か識別可能な強度まで増幅掏る時に発揮されます。もちろん送り側であらかじめ充分な強度に元のパルス信号光を増幅する場合にも有効です。光ファイバ増幅器にはある波長範囲の光だけを増幅する性質があります。波長1.5μm帯の光ファイバ増幅器は光ファイバ通信において実用化されていますが、ここでは極めてきれいな光を出すレーザ光源の光を増幅する光ファイバ増幅器を実現しました。

2.きれいな光のみなもとネオジミウムヤグ(Nd:YAG)レーザ光源はレーザ光源の中でも飛び切りピュアーな光を発光することで知られています。例えば光ファイバ通信で使われている半導体レーザ光源と比較した場合、波長スペクトルの幅は1万分の1以下、と抜群にきれいな光を出す光源です。このような特長を持つ波長1.06μm帯Nd:YAGレーザ光源は、当研究所で検討を進めている光衛星間通信等の自由空間伝送系や、地球の大気汚染をモニタするためのレーザレーダ等において性質の良い光源として検討され、また実際に利用されてきました。[2]。しかしこの波長帯の光を簡易な構成で高利得に増幅するデバイスがありませんでした。今回開発した光ファイバ増幅器はNd:YAGレーザ光源を用いたこれら既存の用途において即応するばかりでなく、生体細胞観察に適したフォトン走査顕微鏡用光ファイバプローブ[3]などの最先端の光計測分野における新たな利用の道を切り開くことも期待されます。

3.光が増幅される仕組み
 これまでNd:YAGレーザ光源からの信号光を増幅する場合、光源に使われている材料と同じ固体結晶(YAG結晶)を使った光増幅器を用いていました。YAG結晶中には適当な濃度のネオジミウム(Nd)が不純物として添加されていて、Ndは波長0.8μmの光(励起光)を吸収すると波長1.06μm帯の光(自然放出光)を放出します。この結晶に充分な強度の励起光を照射した上で波長1.06μmの信号光を通過させると、信号光の強度を増幅することができます。しかしこの従来の固体結晶を用いた光増幅器の場合、信号光を結晶に1回通過させただけでは十分な増幅利得は得られないため、図1(a)に示すようにできるだけ大きい結晶中を多数回にわたって通過させるジグザグパス構成を通常用います。そのため固体結晶による光増幅器は光学構成が大型で複雑となり、振動や温度などの環境変動の影響を受けやすいという問題があります。
 そこで固体結晶の代わりに、光ファイバのコアの部分にNdを添加した光ファイバを用いて、コアの部分に信号光と励起光を共に入射することにより光増幅器を構成しました。光ファイバは太さが髪の毛程度なので(個人差はありますが)、光ファイバの長さが100メートル以上必要となっても釣竿のリールのように小さく収納することができます。実際に図1(b)に示すようなシンプルな構成により1回の信号光の通過で高い利得の光増幅器を実現することができました。

4.うれしいおどろき…でもなぜ?
 増幅器用光ファイバを制作する場合、発光にかかわるNdを材料の石英に添加し易くする目的で、Nd以外の第2の不純物を共添加物として加えます。こうして製作された増幅器用光ファイバからの自然放出光スペクトルは、石英等の材料と共添加物によって微妙に影響を受けます。そして信号光を高い利得で増幅するためには、この自然放出光スペクトルが信号光波長と重なっている必要があります。そこでまずNd添加光ファイバの場合、1.06μmの信号光を高利得増幅するためにはNdの他に何をどの程度共添加すれば良いかを明らかにしました。図2にNd添加光ファイバの自然放出光スペクトルの形状を、Ndのみ添加した場合(点線)、同濃度のNdと適当量のAlを共添加した場合(実線)について示します。Ndのみ添加の場合は自然放出光スペクトルのピーク波長が1.08μmと信号光波長の1.0mから外れているのに対し、Alを共添加した場合は信号光波長とほぼ重なっていて、さらに興味深いことには、より急峻となっています。ちなみに1.5μm波長帯光ファイバ増幅器の場合は、Alの共添加により自然放出光スペクトルが平坦化されることが知られています。[4]。とにかく、Ndの場合このAlの共添加の効果が増幅特性の向上に大きく貢献していることは確かです。この2種類のNd添加光ファイバを用いた光ファイバ増幅器の最大利得は同一の励起光強度において、Ndのみ添加の場合は5倍であるのに対し、Alを共添加した場合は1600倍と、極めて高利得であることがわかりました。このAl共添加のメカニズムを今後解明することにより、光増幅器のさらなる特性改善のヒントが得られることも期待しています。

参考文献


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